「バランスが悪い」「すぐ転びそう」といった言葉の裏には、単なる筋力低下ではなく、姿勢制御戦略の不適切さが隠れていることがあります。Ankle(足関節)、Hip(股関節)、Step(ステップ)といったバランス戦略を理解し、どの戦略が使えず、どの戦略が過剰なのかを見抜ければ、介入の精度は一気に高まります。本記事では、臨床で観察すべき3つのバランス戦略の見方と活用ポイントを、具体的な症例とともに解説します。
1. バランス戦略(Balance Strategy)とは?基本の3パターン
姿勢保持や外乱刺激に対して身体が自動的に取る反応を「バランス戦略」と呼びます。主に次の3つに分類され、状況に応じて組み合わせて使われるのが特徴です。
| 戦略名 | 主な動作 | 特徴 |
|---|---|---|
| Ankle strategy(足関節戦略) | 小さな外乱に対応 | 足関節を中心に身体を揺らし、上体を比較的固定して立位を維持 |
| Hip strategy(股関節戦略) | 中程度の外乱/不安定な支持面 | 骨盤・股関節を中心に上体を前後へ動かしてバランスを取る |
| Step strategy(ステップ戦略) | 大きな外乱に対応 | 支持基底面を広げるために一歩踏み出し、安定を確保 |
2. 戦略が切り替わる条件|安定限界と基底面(BOS)の関係
- 安定限界(Limit of Stability):倒れずに重心(COM)を移動できる範囲。
- 小外乱:Ankle戦略で十分対応。
- 中外乱:Hip戦略へ切り替え(柔らかい床、軽い押しなど)。
- 大外乱:Step戦略でBOSを拡大(不意の大きな外乱など)。
姿勢制御の本質は、この戦略の適切な切り替え能力にあります。
3. 臨床での観察ポイント|どの戦略が優位かを見抜く
3-1. 前後方向
- 前方外乱で足関節の反応は十分か?股関節優位になりすぎていないか?
- 体幹前傾・骨盤運動のタイミングは適切か?
3-2. 左右方向
- 骨盤の揺れや体幹のねじれで代償していないか?
- 荷重移動の速度・滑らかさ・終末域での揺り返しの有無。
3-3. 歩行・方向転換時
- 重心移動の連続性、ステップのタイミング・歩隔の変動。
- 上肢振りと体幹回旋の協調性、視線制御。
3-4. 確認に使える簡便テスト
- 軽度の外乱(perturbation)を加えた反応観察(安全管理必須)。
- バランスパッド・フォームマットでの支持面条件変更。
- Mini-BESTest、Functional Reach、起立動作分析などの動的評価。
4. 臨床事例|戦略の偏りを見抜く3ケース
事例①:脳卒中片麻痺(右片麻痺)
所見:非麻痺側立脚期で外乱刺激を加えると、体幹後傾が強くHip戦略が過剰。足関節反応(Ankle戦略)が出にくく、微細な重心調整が困難。
評価ポイント:
- 下腿三頭筋・前脛骨筋など足関節周囲筋の反応遅延。
- 足底感覚入力の低下による支持面認識の不十分さ。
介入例:
- 足底感覚入力(足指把持・タオルギャザー・荷重変換ドリル)。
- 軽度外乱でのAnkle反応再学習(安全帯・並行棒下)。
- 体幹前傾保持+骨盤前方移動の意識づけを併用した立位練習。
事例②:高齢者(転倒リスク高)
所見:軽微な外乱でも早期にStep戦略が過剰に出現。安定限界が狭く、Ankle・Hip戦略を活かせていない。
評価ポイント:
- 足関節背屈可動域の制限(背屈不足)。
- 体幹・股関節の反応遅延、恐怖心による早期ステップ。
介入例:
- 足関節可動性改善(背屈可動域・腓腹筋伸張)。
- フォームマット/バランスボードでの荷重変換訓練。
- Ankle戦略の再学習+体幹安定化トレーニング。
事例③:パーキンソン病
所見:後方外乱でのStep反応が遅延・不十分。体幹・股関節の剛性が高く、柔軟な重心移動が困難。
評価ポイント:
- 股関節可動域の制限と姿勢前傾固定。
- 予期的姿勢制御(APA)の低下。
介入例:
- 骨盤・体幹の可動性向上(回旋・前後傾エクササイズ)。
- 前後・左右のStep反応訓練(段階的に反応速度を高める)。
- メトロノーム等を用いたリズム運動で協調性を促通。
5. 評価を治療へつなぐ|体幹・下肢・感覚入力の統合
姿勢制御は感覚・運動・体幹の統合によって成立します。
- 感覚:足底触圧・視覚・前庭感覚。
- 運動:Ankle・Hip・Stepのタイミングと順序。
- 認知:外乱への注意配分と予期的制御(APA)。
治療では「使えていない戦略を再学習させる」視点が重要。Hip偏重ならAnkleの促通から、Step遅延なら反応速度と方向性の訓練へ、といった課題特異的な進行が効果的です。
まとめ
- バランス戦略は「姿勢制御の引き出し」。使い分けができないと転倒リスクが上昇。
- 観察すべきは「どの戦略を使えていないか/過剰か」。
- 評価で見えた偏りを、感覚・運動・体幹の統合訓練で再学習へつなぐ。
次回(第5回)は「体幹筋群の協調性評価」—腹横筋・多裂筋など深層筋群の働きと再教育を解説します。

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