ストレッチングは、理学療法における最も基本的な介入の一つです。
しかし「何となく伸ばしている」「習慣的にやっている」だけでは、十分な効果が得られないどころか、痛みや機能低下につながるケースもあります。
この記事では、理学療法士が臨床でストレッチングを行う際に必ず押さえるべき
目的・基本手順・禁忌・注意点・評価のポイント
を体系的にまとめました。
総論として、すべての部位に共通する判断基準を理解しておくことで、後の部位別ストレッチにも応用できる内容となっています。
ストレッチングの目的と臨床での役割
ストレッチは単なる「柔らかくするための手技」ではありません。
臨床では次のような複数の役割を持っています。
柔軟性改善(Range of Motion)
筋や結合組織の粘弾性を改善し、可動域制限を緩和します。
筋緊張の調整
交感神経・副交感神経の調整を含め、筋過緊張を落ち着かせる役割があります。
疼痛軽減
伸張刺激により筋緊張由来の疼痛を軽減することが期待できます。
動作パターン再獲得の前処置
股関節伸展や肩外旋など、動作に必要な可動域を確保するための前準備として重要です。
アライメント改善との関連
ストレッチによって関節周囲の張力バランスを調整し、姿勢や荷重線にも影響を与えます。
ストレッチングの種類と使い分け
目的に応じて、ストレッチの種類を使い分けることが重要です。
スタティックストレッチ
一定時間保持して伸張する方法です。
急性痛が強い場合や高齢者にも比較的やさしい手技です。
ダイナミックストレッチ
動きを伴う伸張で、スポーツや歩行前のウォーミングアップなどに有効です。
PNF(ホールド・リラックス)
等尺性収縮を挟んで伸張を促す方法です。
神経筋制御を改善したい場面で使いやすいストレッチです。
持続圧・軽振動を併用する方法
筋緊張が強いケースでは、触刺激を併用することで疼痛や防御収縮を軽減できる場合があります。
ストレッチングの正しい手順(臨床プロトコル)
臨床では「ただ伸ばす」のではなく、明確なプロセスで進めることが大切です。
① 評価 → 仮説 → ストレッチ部位の選定
筋短縮が原因なのか、関節包なのか、神経なのかをまず判断します。
原因の見極めなくして、適切なストレッチ部位は決まりません。
② ポジショニング
代償を防ぐために近位を確実に固定します。
例:ハムストリングスであれば、骨盤の後傾を防ぐことが重要です。
③ 適切な伸張感
“痛気持ちいい”の手前を目安にします。
強い痛みを伴う刺激は、筋防御や悪化につながることがあります。
④ 保持時間・回数
一般的には20〜30秒保持 × 数回が推奨されます。
高齢者や疼痛の強い症例では、短めに分割した方が安全です。
⑤ 呼吸
息を止めると筋緊張が高まり、伸張の効果が落ちます。
「吸って → 吐きながら伸ばす」という流れが最も安定しやすいです。
⑥ 再評価
ストレッチ単独の変化だけでなく、
「動作がどう変わったか」を必ず確認します。
歩行・立ち上がり・肩の挙上など、目的とする動作との関連で評価することが重要です。
ストレッチングの禁忌と注意点
ストレッチは一般的に安全性が高い手技ですが、状況によっては禁忌となる場合があります。
急性炎症期(外傷・術後)
熱感・腫脹・炎症反応がある場合は、ストレッチを避けるべきです。
炎症の悪化や組織損傷につながるリスクがあります。
骨折の疑い・癒合不全・不安定関節
不適切な伸張により、再損傷や痛みの増悪を引き起こす可能性があります。
血栓症・深部静脈血栓症(DVT)の疑い
血流変化によって症状が悪化する危険があるため、ストレッチは避けます。
重度の骨粗鬆症
強い伸張や牽引で骨折リスクが高まるため、刺激量の調整が必要です。
神経症状の増悪
しびれや放散痛が増える場合は、神経系への過剰なストレスが考えられます。
このような場合は即中止し、原因を再評価します。
疼痛増強
「伸ばせば良くなる」という思い込みは危険です。
ストレッチによって明らかに疼痛が増強する場合は、目的や方法を見直す必要があります。
事前評価で必ず確認すべきポイント
ストレッチの前に、以下のポイントを見極めることが非常に重要です。
原因の特定(筋? 関節包? 神経?)
筋短縮だけを伸ばしても改善しないケースは多く存在します。
関節拘縮や神経系の問題が背景にある場合、別のアプローチが必要です。
伸張痛の性質
- 深部の鈍痛:筋由来の可能性が高い
- 局所の圧痛:腱・筋膜・付着部の問題が疑われる
- しびれ・放散痛:神経由来の痛みの可能性がある
こうした違いを見極めることで、ストレッチの適応かどうかを判断しやすくなります。
筋緊張元進の背景
痙縮(spasticity)なのか、単なる筋緊張なのかによってアプローチは大きく異なります。
痙縮に対して強いストレッチを行っても、必ずしも良い結果にはつながりません。
危険信号
- 皮膚の変色(蒼白・紫斑など)
- 冷感やしびれの出現・増悪
- 急激な疼痛の変化
- 神経症状(放散痛・電撃痛など)の増悪
これらが見られた場合は、ただちに中止し、原因の再評価が必要です。
効果を高めるストレッチングのコツ
近位固定を確実にする
固定が甘いと目的の筋が伸びず、代償として別の部位が動いてしまいます。
特に骨盤・肩甲骨の固定は、下肢・上肢のストレッチで重要です。
代償動作をブロックする
骨盤の回旋や肩甲骨の挙上など、無意識に起こる代償を抑えることで、狙った部位への刺激が明確になります。
動作とセットで定着させる
ストレッチ直後に、
歩行・立ち上がり・階段昇降・肩の挙上などの動作練習を行うことで、
獲得した可動域を実際の機能へとつなげることができます。
高齢者・疼痛が強い人への工夫
刺激量を分割し、保持時間を短くする、ストレッチ方向を少し手前に設定するなど、
「少し物足りない」くらいから始めた方が安全で継続もしやすくなります。
施術者の身体の使い方
ストレッチは施術者の腰や肩に負担がかかりやすい手技です。
支持基底面を広く取り、体重移動を使って伸ばすことで、自身の身体を守ることにもつながります。
患者が自宅で行うストレッチの指導ポイント
伸ばしすぎを防ぐ
痛みが強いほど「頑張って伸ばそう」とする方が多いため、
強度の目安(10段階中3〜5程度など)を具体的に説明しておきます。
回数・頻度の目安
週2〜3回よりも、毎日短時間の方が効果が出やすいことが多いです。
1回あたりの時間よりも、習慣として続けられる頻度を重視します。
姿勢のチェック方法
鏡やスマホ動画を活用し、
自分で姿勢やフォームを簡単に確認できる方法を伝えると、セルフストレッチの質が上がります。
継続のコツ
「寝る前に1種類だけ」「テレビを見る前にやる」「歯磨きの前後でストレッチ」など、
日常動作とセットにすることで続けやすくなります。
まとめ:ストレッチは“正しい評価”がすべての土台
ストレッチングの効果は、
- どこを
- どれくらい
- どの目的で
伸ばすかという判断によって大きく変わります。
総論として押さえておきたいポイントは次の3つです。
- 正しい評価を行い、目的に合った方法を選ぶ
- 禁忌や危険信号を理解して、安全に実施する
- ストレッチ後に動作とセットで効果を定着させる
このプロセスが確立されていると、どの部位にも応用でき、臨床の再現性が大きく高まります。
今後は、この総論を土台にしながら、部位別・症状別のストレッチングについても掘り下げていくと、より実践的な臨床スキルとして整理しやすくなります。


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