心不全患者のリハビリで「どこまで運動してよいか」に迷っていませんか
心不全を基礎疾患として持つ患者さんのリハビリでは、「どこまで運動してよいのか」「どのタイミングで中止すべきか」に迷う場面が多くあります。脳梗塞や大腿骨頚部骨折のリハビリであっても、心不全を合併している患者さんでは運動負荷の判断が難しくなることがあります。
回復期・療養・訪問リハと経験してきた中で、心不全を抱えた患者さんを多く担当してきました。脳梗塞や大腿骨頚部骨折が主病名であっても、心不全が背景にある患者さんではリハビリの進め方が変わります。私自身もリハビリ中にSpO₂が回復しない、血圧が急に下がる、顔面が蒼白になるという場面を経験し、そのたびに判断基準の大切さを実感してきました。
この記事では、心不全リハビリの中止基準・運動強度設定・臨床での観察ポイントを整理します。
結論|心不全リハはバイタル・自覚症状・観察の3点を総合して判断する
心不全リハビリの安全管理は、バイタルサインの数値だけで判断することはできません。血圧・心拍数・SpO₂という客観的な指標に加えて、「患者さんが今どう感じているか」という自覚症状と、「顔色・表情・発汗はどうか」という観察を組み合わせて判断することが基本です。
数値が基準内であっても、表情が険しくなっていたり、冷感や顔面蒼白が出ていたりする場合は中止を検討します。逆に、数値が若干の変動でも患者さんの状態が安定しており、自覚症状がなければ続行できる場合もあります。「バイタルだけ見ていれば安全」という考え方は、心不全患者では通用しません。
心不全リハビリの中止基準
アンダーソンの基準を臨床でどう使うか
心不全リハビリの中止基準として広く参照されるのが「アンダーソンの基準(改訂版)」です。以下のような状態では運動療法の開始・継続を中止します。
- 安静時脈拍が40bpm以下または120bpm以上
- 安静時収縮期血圧が90mmHg以下または200mmHg以上
- 労作性の胸痛・狭心症状がある
- 著明なSpO₂の低下(目安として88〜90%以下への低下)
- 意識障害・失調・めまいの出現
- 安静時から運動時にかけて脈拍が30bpm以上増加する
- 収縮期血圧が運動中に20mmHg以上低下する
ただし、アンダーソンの基準はあくまで目安です。新人PTが陥りやすいのは「数値が基準内だから大丈夫」という判断です。臨床では数値と患者の状態が必ずしも一致しないことがあります。基準を知った上で、目の前の患者さんをしっかり観察することが重要です。
リハビリ中に中止した実際の場面
療養病棟で担当していた心不全合併の脳梗塞患者さんで、歩行訓練中にSpO₂が93%から88%まで低下し、歩行を止めて座位休憩にしてもなかなか回復しなかった経験があります。患者さん自身は「大丈夫です」と言っていましたが、口唇が若干チアノーゼ気味で呼吸数も増えていたため、その日のリハビリはそこで終了にしました。
別の場面では、立位訓練中に収縮期血圧が100mmHgから78mmHgまで低下し、患者さんが急に顔面蒼白になったことがありました。すぐにベッドに戻し仰臥位で安静を取り、看護師に報告しました。どちらのケースも、数値の変化より先に「何か様子がおかしい」という直感が働いていました。この直感は観察の積み重ねから来るものです。
心不全リハビリの運動強度設定
Borg指数による自覚症状の確認
心不全リハビリでは、運動強度の目安としてBorg指数(自覚的運動強度)を使います。一般的な目安はBorg 11〜13(「楽である」〜「ややきつい」の範囲)です。
臨床でBorg指数を使うとき、患者さんに「0〜20の数字で、今の運動のきつさはどのくらいですか」と尋ねます。重要なのは、聞き方に一貫性を持たせることです。毎回同じ言葉で聞くことで、前回との比較がしやすくなります。また、Borg指数は患者さんが正直に答えてくれることが前提なので、「しんどくても我慢してしまう患者さん」には数値だけでなく表情・呼吸の変化を合わせて確認することが必要です。
心拍数の管理
運動中の心拍数は、安静時心拍数+30bpm以内を目安にすることが多いです。ただし、β遮断薬(ビソプロロールなど)を内服している患者さんは心拍数が上がりにくいため、心拍数だけで強度を判断すると過負荷になるリスクがあります。内服薬の確認は必ず行い、心拍数が基準通りに上がらない場合はBorg指数や自覚症状を特に重視して判断します。
SpO₂の管理
SpO₂は運動前・中・後で継続的に確認します。目安として93〜94%以下への低下が続く場合はリハビリの負荷を下げるか中止を検討します。ただしSpO₂は末梢循環不全や冷感がある場合は正確に測定できないことがあります。測定値が安定しない場合は、プローブの位置を変えて再測定するか、他の指標と合わせて判断します。
私が担当していた訪問リハの心不全患者さんは、自宅ではSpO₂が96〜97%に保たれていましたが、歩行訓練中に91%まで低下することがありました。その日の体調・前日の水分摂取量・浮腫の状態を毎回確認して、負荷量を調整していました。訪問では医療スタッフが近くにいないため、中止基準の判断をより慎重に行う習慣が自然とついていきました。
血圧の管理
運動中の血圧は開始前との比較で確認します。収縮期血圧が運動中に20mmHg以上低下した場合、または180mmHg以上に上昇した場合は運動を中止します。心不全では前負荷・後負荷の変化が血圧に直結するため、血圧変動は特に注意が必要な指標です。
臨床で重要な観察ポイント
数値に現れる前に気づくサイン
心不全患者さんの状態悪化は、バイタルの数値変化より先に患者さんの様子に現れることがあります。以下のサインは数値が安定していても見逃さないようにします。
- 表情が険しくなる・返答が鈍くなる:負荷が過剰になっているサインである可能性がある
- 顔面蒼白・口唇チアノーゼ:循環不全・低酸素の可能性がある
- 冷感・冷汗:末梢循環不全のサイン。血圧低下に先行して出ることがある
- 呼吸苦・頻呼吸:「息が上がってきた」という訴えだけでなく、呼吸数の増加を目視で確認する
- 浮腫の変化:前回のリハビリ時と比べて浮腫が増えていないか触診・視診で確認する
これらのサインは、患者さんが「大丈夫です」と言っていても出ていることがあります。言葉よりも体の変化を優先して観察する習慣が、心不全リハビリの安全管理の土台になります。
若手PTが迷いやすいポイント
「アンダーソンの基準に当てはまらないけど続けていいか」
基準の数値を外れていないのに「なんか変だな」と感じたとき、続けるかどうかに迷うことがあります。この場合、中止して様子を見ることを選んでください。「念のため止めた」が後から正解だったというケースは多いです。中止の判断を迷った場合は、看護師や担当医に状態を共有することも一つの選択肢です。
「どのくらいの距離・時間まで歩かせていいか」
歩行距離・時間の上限は患者さんの状態によって毎回変わります。「前回は100m歩けたから今日も100m」という固定した判断は危険です。その日のバイタル・浮腫・体重(水分貯留の指標)・本人の訴えを確認してから負荷量を決める習慣をつけることが重要です。
「患者さんが我慢してしまって変化が分からない」
心不全患者さんの中には、「リハビリを頑張らなければ」という気持ちからしんどさを報告しない方がいます。Borg指数を聞いても「11くらいです」と答えるのに、顔色が明らかに悪い場面を何度も経験しました。このような患者さんには、「少しでも変だと感じたらすぐ言ってください」と繰り返し伝えることと、言葉に頼らず観察で状態を確認することが大切です。
まとめ|心不全リハビリで押さえるべき安全管理のポイント
- 心不全リハビリの中止基準はアンダーソンの基準を参照しつつ、数値だけでなく患者の状態を総合して判断する
- 運動強度はBorg 11〜13・安静時心拍数+30bpm以内・SpO₂93〜94%以上・血圧変動±20mmHg以内を目安にする
- β遮断薬内服中は心拍数が上がりにくいため、Borg指数と自覚症状を特に重視する
- 顔面蒼白・冷感・冷汗・頻呼吸・表情の変化はバイタル変化に先行して現れることがある
- 患者さんが「大丈夫」と言っても言葉より体の変化を観察することを優先する
- 歩行距離・時間は毎回その日の状態を確認してから決める。前回の記録を自動的に引き継がない
- 判断に迷ったら中止して看護師・担当医に共有する。「念のため止めた」は正しい判断になることが多い

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