はじめに:階段昇降は“応用動作”の代表
階段昇降は、歩行よりも高いバランス能力と筋力を必要とする「応用動作」の一つです。臨床では、退院前のADL評価や在宅復帰支援の際に頻繁に実施されます。しかし、評価中に転倒や膝折れが起きるリスクもあり、慎重な観察とリスク管理が欠かせません。
この記事では、理学療法士が階段昇降動作を評価する際のポイント、よく見られる代償動作、そしてリスクを最小限に抑えるための注意点を、実際の臨床経験に基づいて詳しく解説します。
1. 階段昇降動作の基本分析
上り動作の主なポイント
- 主動作筋:大腿四頭筋・大殿筋・下腿三頭筋
- 重心移動:支持脚への前方移動 → 膝伸展 → 反対側の股関節屈曲
- キーポイント:
- 支持脚で十分に荷重が取れているか
- 骨盤・体幹の安定性が保たれているか
- 上肢の補助が過剰でないか
下り動作の主なポイント
- 主動作筋:大腿四頭筋(制動性収縮)・腓腹筋・ハムストリングス
- 重心移動:支持脚の制動 → 体幹前傾のコントロール
- キーポイント:
- 下肢支持時に膝折れがないか
- 足部接地の順序(つま先→かかと or かかと→つま先)
- 体幹前傾や側屈の有無
2. よく見られる代償動作とその背景
| 代償動作 | 考えられる要因 | 評価のポイント |
|---|---|---|
| 骨盤の側方移動 | 支持脚筋力低下(中殿筋など) | 骨盤の左右差や体幹傾斜を観察 |
| 上肢による手すり過剰使用 | 下肢筋力・バランス低下 | 手すり荷重量を確認(体重計を使うと客観的) |
| 膝の過伸展 | 大腿四頭筋の筋出力低下・感覚低下 | 支持脚の膝伸展タイミングをチェック |
| 足部外旋 | 股関節外旋筋優位・足関節不安定 | 接地パターンを観察 |
| 体幹前傾過多 | 下肢伸展力不足・股関節拘縮 | 背部筋群の代償による姿勢安定を評価 |
代償動作は悪いものとは限りません。「代償を使いながらも安全に昇降できるか」「その代償を減らす必要があるか」を見極めることが大切です。
3. リスク管理の基本:安全第一の評価手順
評価前の確認項目
- 靴の種類・フィット感
- 階段の高さ・手すり位置・段数
- 疲労度・バイタル(特にSpO₂と血圧)
- 医師指示(特に整形・循環器疾患後)
評価中の安全確保
- 介助位置:後方・やや患側寄り
- 手すり利用:片側/両側の違いを明確にして観察
- 補助具の確認:T杖や松葉杖使用時は接地順序に注意
評価後のまとめ方
- 「何段まで昇降可能か」よりも、「どのような戦略で昇降しているか」を記録
- 動作中の痛み・呼吸状態・代償の有無を動画や写真で記録すると有用
4. 階段昇降能力の評価指標
| 評価方法 | 内容 | 留意点 |
|---|---|---|
| Timed Up and Down Stairs Test(TUDS) | 12段の昇降時間を計測 | 高齢者・整形疾患でも応用可 |
| Functional Independence Measure(FIM)項目 | 介助量を6~7段階で評価 | 実用レベルを把握可能 |
| Observation-Based Analysis | 筋力・可動域・バランスの統合評価 | 臨床で最も多用 |
5. 評価結果を活かしたリハビリの方向性
評価で明らかになった課題をもとに、以下のような介入を考えます。
筋力低下が主体の場合
- ステップアップ練習(段差昇降)
- スクワット+股関節伸展運動
バランス・体幹安定性の問題
- 片脚立位・骨盤保持トレーニング
- バランスマットや段差での重心移動練習
恐怖感・不安定感が強い場合
- 階段昇降の模擬練習(低段差・平地で段差感覚の再現)
- 安全確保しながらの段階的ステップ練習
まとめ:評価の目的は「安全で自立した昇降動作」
階段昇降の評価は、「できる/できない」ではなく、どうすればより安全に・自立的に行えるかを明らかにすることが目的です。代償動作を単に“悪い”とするのではなく、その背景を理解し、個々の機能・環境・心理状態に応じた目標設定を行うことが理学療法士の役割です。
✅ 要点まとめ
- 階段昇降は筋力・バランス・体幹安定性の統合評価に有効
- 代償動作の背景を分析し、必要な介入を選択
- 評価中は必ず安全確保とリスク管理を最優先
- 結果は「方法」と「リスク」に着目して記録
- 自立支援に向けた現実的なプログラム立案が重要


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